弱さを見せることが、より強くなっていくきっかけになると思った話

2016年11月6日

先日、とある会社の設立X周年のパーティにお招きいただいたので、仕事帰りにふらっと「おめでとうございます!」を伝えにいってきました。

そこで、「弱さ」ってとても愛されていいな!と感じたことがありました。

代表の締めの挨拶での一幕

パーティも終盤になり、この会社の代表から締めの挨拶がありました。

社長は私よりも年齢が若く、色々な話をしてくれました。

  • 会社の立ち上げからの苦労話
  • これまで携わってきた仕事のお話
  • 一緒に会社を大きくしてきたメンバーへの感謝の気持ち
  • 今がとても良い体制をつくれている
  • 周りの人々への感謝の言葉

など、どれも社長の想いを、素直に伝える言葉ばかりで、パーティの参加者も真剣に聞き入っていました。

 

まだまだ良い話が続くと思っていたのですが、社長が

「話したいことを沢山考えてきたのだけど・・・。あれ、何だっけ?」

と、話が止まってしまいました。

 

(それでも、パーティーの参加者は真剣に聞き入っています。)

 

しばらく無言が続いた後に、彼の隣にいたこの会社の外部顧問が、

「よし、肩を揉んであげるよ!ほらっ!」

と、リラックスを促すために、肩を揉み始めました。

 

この瞬間に、張り詰めていた空気が一気にやわらぎ、心地よい笑い声もあがりました。失笑ではなく、暖かい空気になったのです。

さらにこの後にもう1回、同じことが起きましたが、またまた笑顔が溢れる場となりました。

そして、彼の挨拶も無事に締まり、参加者から盛大の拍手が送られました。

 

助けてもらったことで一体感が生まれた

社長やリーダーなど何かを代表する人は、人前で話をするのが上手で、時には聞き手を世界観へ引き込み、失敗なんてすることは無いと思うことありますよね。

 

もちろん、間違もなく立派に話を伝えられたほうが、聞き手も共感や安心しやすいのかもしれません。

 

ただ、今回のように「会場」から手を差し伸べられて、「彼」がその手を掴むことで、「会場」と「彼」がより深く繋がった気がしました。

これって、「彼」が弱さみせて、「会場」が支えて、一緒に挨拶を終えることができて、場が深まったのではと思いました。

 

単に弱いという表現ではなく、支えてあげてあげたくなる愛嬌など何かを持ち合わせているのだと思います。助けてあげてしまいたくなってしまう何か。

弱さだけではなく、愛なのか感情なのか、そういったものまで動かされている気がしました。

 

弱いロボットの話と近い?

この流れで、「弱いロボット」の話を思い出しました。お掃除ロボットを掃除させるために、椅子とか段差とかを考慮して、人間が手助けするってお話です。本来はお掃除を自動的させるのが目的なのですが、ロボットを人間が手助けしつつ、目的を完了させたりします。

 

ロボットと比較するのは失礼なのかもしれませんが、人間の感情面で、弱いことによって周りを巻き込み、結果、強くなっていくといったこともあるのかもしれません。

 

今回の支えも、そういった心の想いで手が差し伸べられ、手を差し伸べられてからは、会場の温度が少し上がるぐらい、なんだか、ほっこりと、愛されているのが伝わってくるぐらい、空気が変わったのです。

 

愛は人を動かすのかもしれませんね。

 

彼も挨拶の中で「ここに来てくださったみなさんをはじめ、本当に周りの方々に支えてきてもらって、いまを迎えられている。」と話していたとおり、何度も感謝の言葉を並べていて、これまでも色々な人に助けられ、着実に前へ進めてきていることが感じ取れました。

 

手をいくらし差し伸べても、前へ進むことができず、ずっと同じところで手を差し伸べ続けなければいけなかったら、さすがにもう助けるのをやめようと思いませんか?

 

彼のような立場でありつつも、気持ちを正直にみせていることで、周りから支えられて、強く成長していくのではと感じたひと時でした。

 

弱さって良いかもしれない

弱さの話について、ざっと思ったことを書きましたが、チームとか仲間へは、弱さをみんな見せつつ、弱さは周りで補い、各々の強みを高めていく方向が良いのかなと思った日でした。

私ももっと弱さをみせて、周りの人に支えてもらえつつ、恩返しをできるよう動いていきますね。

 

なので、みなさん、支えてください〜。


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